ゼミや研究会で黙っている奴はいないのと同じ。特に新入りは絶対なんかしゃべれ! の回。

Tumblrのダッシュボードに流れてきたこれを見て、ちょっと考えたことがあるのでポストします。

口喧嘩は「なんで?」「なんで?」と言っていれば必ず勝てる。

だから、「なんで?」しか聞かない人は喧嘩を売っているものとみておおむね間違いない。

昔々、毎週末いろいろな大学で集まって英語でディスカッションをするという知的合コンを楽しむサークルに入っていたことがあり、そこで別な大学の先輩が言っていたことを、わたしは大学のゼミ生に言うことがあります。

それは、

ディスカッションとは、持ち寄り鍋パーティーである。

ということ。

ここでのディスカッションとは、まぁそのときはこの知的合コンのことだったんですが、
これは別な会議とか、ゼミとか、研究会でも当てはまることだと思っています。

ゼミや研究会で黙ってしまうデビューしたてのあなたは人を押しのけてでも発言すべし

後輩、特に入りたての一年生は、先生方や先輩と同席するゼミや研究会で黙りこくってしまうことが多いんですが、
そういう子にはできるだけ厳しく、「ああいう場で何も言わない奴はいないのと同じ、今日は欠席扱い」と言うことにしています。
もちろんいじめているわけではないです。

これは、後輩教育、という感覚も、ないわけではないのですが、 
それよりも、わたしは、そこにいるのに黙っているのは同席している人たちに失礼だ、と思っているからです。 

ここで「ディスカッションとは持ち寄り鍋パーティー」の比喩が生きてくるのですが、
ゼミや研究会の場というのは、
それぞれが自分の意見や質問、事前に調べてきたこと=鍋の具を持ち寄り、
その場で話し合う=料理することを通して、
その場で練り上げられる新しいアイデア=出来上がった鍋料理をみんなで食べて楽しむもの
だということです。

そういう場で、ただ黙って人の話を聞いているだけ、というのは、何も持ってこないで出来上がった鍋を食べるだけのタダ飯食らいと同じです。
こういうことをして許されるのはいるだけで場が盛り上がるアイドル=大御所の先生だけです。
さらに、聞いていないやつ、ついてこない、ついてくる努力をしないやつなんて、
みんなで鍋食べてるのに「俺これ嫌い、食べられない」と言ってひとりでぽつねんとしているのと同じです。
邪魔者以外の何物でもありません。 

その分野の勉強を始めたばかりで、議論についていけない、ということは、もちろんあり得ることです。
でも、それでもできる発言はあるはずです。
議論に出てくるわからない言葉の定義を確認するとか、
議論の前提になっていること=自分がそれまでに勉強してきたことのまとめを話して、自分のレベルをわかってもらっておく、とか。

こんなことを質問して、バカにされないかとか、邪魔にならないかとか、そんなことを考える必要はありません。
バカにされないか? バカなんだから、仕方ありません。 
邪魔にならないか?  それは、初心者発言者が心配することではありません。
まだ未熟であるがゆえに発言できない、と思っているということは、
まわりに人の発言をサポートできる人が必ずいます。
鱈ちりだと聞いてきたんですけど、すみません、キュウリしかなくて……というような状態でも、
出さないでおくよりマシです。
もしかしたら、誰かが浅漬の素を持っているかもしれません。
そうすれば、あなたのキュウリは立派な箸休めになるじゃないですか。
あなたのキュウリ=未熟、素朴な質問も、ちゃんとその場に貢献できるものになる可能性を持っています。
でも、出さなければ、発言しなければ、そのうち腐って無駄になってしまいます。 

せっかく話し合いの場にいるのに、発言しない?
そんなのだめです。絶対。
デビューしたての頃は特に、人を押しのけてでも発言しないとだめ。

とはいえ、ナゼナニちゃんも迷惑なのも事実

それで、冒頭の「なんで?」「なんで?」の話に戻るわけですが、
そうやって後輩に厳しく当たって、発言できるようになってくれればそれはそれで嬉しいのですが、
発言はできるがその発言がいちいちイラッとさせるものを孕んでいることもあるな、と思ったのです。

ものすごく根本的な、「◯◯ってなんですかね……」 発言が、その好例だと思うんですけど。

たとえば、細胞について議論している時に、「結局、細胞って何なんですかね……」とか言ってみたり。
演劇やパフォーマンスについて議論している時に、「演劇って何ですか?」って聞いてみたり。

これは、「それくらいわかっていろ、理解していろ」ということではなく、 
そのことをそれぞれ持ち帰って探ろう、そのために具体的なことや細かいことを確認しようとしている時に、
そういうレベルの発言をしないでほしい、ということなんですが、
どうイラッとするのか、なかなかうまく表現できないな、と思っていました。

それで、「なんで?」「なんで?」なわけですが、
鱈ちりパーティーの日に「ところで今日ってなんで鱈ちりなの?」「この鱈、どこ産なの?」
まぁここまでは許せるとしても、
土鍋の産地とか形状に文句を言ってみたり、突然キムチを鍋に投入して鱈ちりでなく豚バラキムチ鍋にしようとか言ってみたり、料理の時に持ち寄られた具材の詳細の細か〜い事を聞いてみたり、ずっと鍋をつついているだけで全然食べなかったりする人がいたら、それはそれで迷惑ですよね。

こういう人は、持ち寄り鍋パーティーに参加してはいますが、その場に貢献しよう=出来上がる鍋を美味しくしよう、みんなで美味しく食べようとしてはいない、と言うことができます。

こういうのを防ぐにはどうしたらいいんだろう?

自分の持っている具材=発言内容、アイデア
が、どういう性質のものなのか?
キュウリみたいな素朴な具材なのか? みそなのか? うどんなのか?
それとも菜箸なのか? カセットコンロのガスボンベなのか?
そういう自覚を持つことが、次のステップになるのかなぁ。 

きっと、そのうち続きを書きます。

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