瑞浪高校演劇同好会「はこをあけて」のはなし

「OFF」に続いて上演された「はこをあけて」。

瑞浪高校安田雛凪さん作、同じく瑞浪高校宮嶋優華さん主演の一人芝居。
4/1と4/2の午前の回を拝見しました。

置き手紙みたいになってしまって戸惑っていると思いますので、こんな感じにしました。
ちょっと感情的になってしまったけど。 

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おつかれさまでした。

時間があったらゆっくり話してみたかったけれど、わたしも貧乏旅行だったのですぐに帰らなければならなかったし、次の幕が上がるまで1時間しかなかったので、諦めました。
とてもおもしろかったです。劇を見るのが楽しいのは、やっぱり俳優のエネルギーを直接感じることができるから。あの小さい劇場は、あなたの集中力を部屋中に充満させるのにちょうどいいサイズだったように感じました。なんならもっと狭くてもいい。あんまり大きい会場では、それはそれであなたの伸びやかな声が響いて気持ちいいかもしれないけれど、ちょっともったいないような気もします。

まず、わたしが、直接、どんなことを想像したかを書いておきます。

小さな部室の、小さな演劇部で、昔からあることはあるけれど、決して大きくはなくて、だから荷物もそんなには多くない。段ボールの箱は数えるほどしかないし、昔々の台本を取っておくことができるほど、物の置き場所に困っていない。ギリシャ悲劇とかシェイクスピアとか、演劇をやるものとしては知っていなければいけないかも、と思って資料を集めてはみるけれど、全然おもしろくなくて、結局手付かずのまま。実はそんな古典の超大作は出演人数が多すぎるし必要なセットが大規模すぎるし、こんな弱小演劇部は全然お呼びでないのだけれど、そうは認めたくないから、つまんないから、やらない。……と、いうことにしておこう。そんな弱小演劇部の人数は毎年減っていて、とうとう一人になってしまった。演劇はおもしろいのにね。みんなきっと、ダンス部とか、合唱部とか、みんなで一つのことをやるような大きな部活に入るんでしょ(この辺は偏見だけど)。高校によっては何十人も部員がいて、部費もあって、大きなセットもどんどん作れて、大会にもどんどん出られる、何度も公演ができる。いいなぁ。わたしも演劇、やりたい。部活がしたい。……。

これだけです。正確には、これだけ、ということにしました。

あなたのまわりには素敵な大人がたくさんいるから、あなたはきっともう気づいていると思います。
部活をすることと演劇をすることは、違います。演劇は、部活でしかできないものでは、全然、ありません。

高校生の演劇は、演劇部だけのもの?

学校の外で演劇をしている人は、たくさんいます。あなたのまわりの素敵な大人たちはみんなそうです。それに、うーん、たとえば劇団四季の子役の子とか? 高校へなんて通わないで舞台の仕事をしている十代も、たくさんいます。
それは仕事として、プロとしてやっている人たちでしょ? その通りです。でも、あなたのような立場の人のために演劇をする場所を提供しようと活動している大人も、たくさんいますよ。公民館とか、児童館とか、恵まれていれば公共劇場とか、そう、地域交流センター「ときわ」みたいなところ(あの辺、なんでもかんでも「ときわ」なのは、なんでなの?)を借りたりして、プロでない普通の人と一緒に演劇作りをする活動をしている人も、たくさんいます。
瑞浪にはそんなのないし。うーん、ないかも。調べてないのでわかりません(無責任ですね!)。まぁ、子どものうちにそんな活動に触れられるのは、偶然に恵まれた一部の人たちだけである、ということは、認めざるをえません。
でも、だから学校でやるんだ、高校生から演劇をやる機会を奪うなんてだめだ、っていうのは、違いますよね。わたしの高校には、チア部とか、空手部とか? ありませんでした。だからといって、高校生からチアや空手をする機会を奪っていいことにはならないし、チアや空手に価値がないことにもなりません。とはいえ、この世のあらゆる特別な活動をすべて部活として、すべての高校で成立させることもできません。つまり、そんなちょっと特別な活動に出会えるか、それをやる機会が与えられるか、は、まったく、偶然にまかされているのです。高校を部活で選ぶ、という手は、ないこともないですが、部活は学校の裁量にまかされているので、スポーツ推薦でもないかぎり、突然廃部になったとしても生徒に文句は言えないでしょう。高校は義務教育ですらありませんから、嫌ならやめれば、が成立してしまいます。

……まぁ、たしかに、高校の対応はちょっと理不尽な気もしますが。

「はこをあけて」が達成したこと

でも、わたしは、「はこをあけて」を見て、この子はいつまでそんな狭い世界にこだわっているつもりなのかなぁ、と、思いましたよ。

宮嶋優華版「はこをあけて」は、たしかにものすごくおもしろかった。では、なぜおもしろいのでしょうか?

観客は瑞浪高校演劇同好会がどのような状況にあるのか知っています。逆に言えば、これをまったく知らない人が、わざわざ劇場へ来て、客席に座ることはないでしょう。観客は「はこをあけて」の主人公を、あなた自身に重ね合わせて見ることになります。あなたという俳優の身体を通して、瑞浪高校演劇同好会を見ることになるのです。あなたという身体は、その大きくて伸びやかな声、意外と小さいくせに(失礼)舞台上ではものすごく大きく見えるダイナミックな動きを持っていて、だからたった一人残された瑞浪高校演劇同好会の部員が、これもたった一人で、こつこつと身体訓練を重ねていたらしい、という噂を思い出すでしょう。こんなに大きな声が出るのに、こんなに動けるのに、こんなに努力して、ほら、こんなにかわいいのに、高校はこの子に部活をさせてやらないらしい。なんてかわいそうなんだ! 高校ひどい! ……と、いうことを、演劇を介して訴える、という入れ子の構造が宮嶋優華版「はこをあけて」においては成立していて、それが今の演劇を取り巻く社会的状況に見合っているので、おもしろいのです。

観客は「はこをあけて」を通して、あなたの物語を見ているような気持ちになるでしょう。たった一人残された高校の演劇部員。そんな弱小演劇同好会が大会で賞をとるほどの奇跡を起こした。宮嶋優華と瑞浪高校演劇同好会はこれからどうなるのかな、高校が折れて新入部員の募集を許可して、部室も部費も出してくれたりしないかな、うーん、でもそうなっちゃったら、なんか、つまんないかも? せっかくいい感じの宮嶋優華の悲劇が台無しだぁ、……なーんて思われても文句は言えません。おもしろい劇を見て観客がいろいろ想像するのは仕方のないことです。あなたの物語を、他の人が、勝手にいろいろ想像して、おもしろい、おもしろい、「はこをあけて」は素晴らしかった、って言うんです。でも、きっともう気づいていると思いますが、何もしてくれないでしょうね。

演劇と演劇部

社会一般にある演劇は、それがプロのものであるにせよ、子どもや非専門家のものであるにせよ、「なぜやるのか?」を考えることと切り離すことができません。どんな趣味でも同じですが演劇をやるにはある程度お金がかかりますから、人数を集めてやろうとすれば額もそれなりになります。そうなると個人のおこづかいでは限界がありますね。大人は、チケット代を取れるものを作ること、または、公的な支援=助成金を取ること、を考えます。どんな人がチケット代を払ってくれそうか? その人たちが来てくれるものにするにはどんなことをやればいいか? 内容は? 会場は? 俳優は? チケット代は取れなそうだけど、やることに社会的な意味があるんだ、という強い意志があれば、そのことを演劇になんて全然興味がない人にもわかるように説明して、公的にまとまったお金を出してもらうことも視野に入ります。

高校に守られて演劇をやる場合、費用は部費である程度まかなうことが期待できますし、練習場所にも困りません(実はここに結構かかることは、もう知っていますね)。大会に出られれば観客の入りを心配する必要もありません。その場合、もちろん、大会に出られるもの、というバイアスはかかっているのですが、純粋に自分たちがおもしろいと思うものを作ることができます。そしてその場合、社会一般にある演劇の作り手達が当然考え、試行錯誤していること、そして、演劇のおもしろさを根本的なところで支えている重要な課題……どんな観客が関心を持ってくれそうか? どうしたら、またはなぜ、観客は劇場に来てくれるのか? 観客と劇場に集うことを通して、何を達成したいのか? そのためにどのような上演を達成するべきなのか? ……を、高校に守られて演劇をやっている限り、考えなくていいのです。そういうことを考えず、高校生が純粋に演劇作りに熱中することができるからおもしろいものができる、ということはもちろん、あるのですが。

古い箱なんて捨ててしまえ。

忘れないでください。「はこをあけて」の主人公は、あなたではありません。
「はこをあけて」の主人公と今のあなたと、最も違うことは、あなたはこれからも生きていくということです。
学校の守りの外で演劇をやることが、どんなに難しいか。その場合、何をしなければならないか。何を考えなければならないか。どんなものを作らなければならないか。誰とするのか。誰に見せるのか。それを考えるには、今のあなたに何が足りないか。
こんなこと、守られた高校の演劇部では全然、考えられないことです。あなたに与えられた機会は大変貴重です。高校を卒業するまであと1年あります。どうか考えてください。高校が演劇部を守ってくれないなんて、そんな不完全燃焼の炭みたいなものにこだわらないで。あなたを守ってくれない理不尽な高校なんて、相手にしなくていいんです。さっさと卒業してしまえばいい。

世界は広いです。あなたのように試行錯誤している人が、世界にはたくさんいます。客席を見てください。あなたの試行錯誤を確認しようと、日本のあっちこっちから、あなたを見に来る人がいたでしょう。あなたは一人では、全然、ありません。

高校を卒業したら、あなたは自分で、そういう同志を探しに行くことができるのですよ。楽しみですね。どうかそんな同志に出会うその日のために、あとの1年を使ってください。