Doing Autoethnographyに行ってきた! その2

せっかく前日入りしたのに、プレを寝過ごした……ことは、黙っておくとして。

2日間の日程で、1日目はワークショップとキーノート、
2日目はペーパーの発表とキーノート、となっています。

参加者

参加者は100人いるか、いないか、くらいかなぁ。

それっぽい写真を撮ったりしたいものですが、
タイトルバックのようなものも見当たりません。わーお。 

ほとんどの参加者はやっぱりアメリカ国内から参加のようです。
でも、中にはスコットランドから来たわよーみたいな人たちもいました。
あとはカナダとか。

普段英語を話してない人がのこのこ来ることなんて想定されてないのか。
ないんだな。
どこの大学? と聞かれて、東京よ、と答えると、えっ、飛行機に乗って来たの? と言われました……。
なんだ、みんな車か? 電車か? 歩いてきたのか。くそぅ。

ワークショップ

研究領域上ワークショップという言葉には敏感になってしまいますが、
うん、ワークショップだったんじゃないか、と思える時間でした。

4つのワークショップが設定され、

1 オートエスノグラフィーにおける暗喩の舞台化

2 オートエスノグラフィ、そのアクティビズム、社会的正義

3 オートエスノグラフィにおける倫理について

4 論理はストーリーに何をする? オートエスノグラフィックライティングにおける論理

となっていました。
上から順に徐々に難易度が上がっていくような感じになっていて、 
参加しやすかったです。

1 オートエスノグラフィにおける暗喩の舞台化

と、訳してみると大層大仰な感じがしますが……

「パフォーマンスを基盤とするワークショップです。オートエスノグラフィーを実践します。まず、マイムでオートエスノグラフィックなテキストをやってみます。そして、そこから美的なステージを作っていくために引き出せる暗喩を探します」

となっていて、そんなにハードル高くなかったです。

  1. 自分にとっての印象的な瞬間をちょっと書く
  2. 3人ないし4人組になる
  3. 書いた印象的な瞬間をシェアする
  4. その瞬間をやってみる。これは、人が人をやらなくてもよい。机とか、雰囲気を示すようなものになってもよい。
  5. それをみんなに見せる
  6. 何に見えるか、フィードバックをもらう

というもの。これくらいなら、全然平気です。

マイムでやっており、しかも固定的、具体的な様子を演じているとは限らないので、全然別なものに見えることがあります。
そういうフィードバックをもらうことで、シェアされた「印象的な瞬間」についての印象もまた更新される感じがしました。

2 オートエスノグラフィー、そのアクティビズム、社会的正義

Lisa Tillmannによるオートエスノグラフィックなビデオを見て、感想をシェアし、そこから自分の物語が更新される過程を見つける、という時間。

ビデオは9.11とセクシャルマイノリティへの抑圧をモチーフにしたもの。

内容についてどうこう議論するというよりも、どういう部分や要素が効果的だったか、みたいなところが議論され、
素材をどこから集めてくるか、どんなモチーフがいいか、をシェアしました。 

 

約二時間のランチ休憩を挟んで、午後です。

3 オートエスノグラフィーにおける倫理について

事前に唯一名前を知っていたTony Adamsによるディスカッション。
まずTonyからオートエスノグラフィーについて簡単なプレゼンテーションがあり、
そこから全員で議論をしていく、というもの。
Tonyが参加者からどんどん意見を引き出し、まとめあげていくのが圧巻でした。
白熱教室みたいな感じね。

オートエスノグラフィーは倫理的であるとは言えないのか?
というクリティカルな質問をしっかり参加者から引き出し、
そこからオートエスノグラフィーは倫理的なのだ、とは結論付けないところに好感が持てました。

4 論理はストーリーに何をする? オートエスノグラフィックライティングにおける論理

最後はオートエスノグラフィックライティングの仕方、という実践的なワークショップ。

事前に、使いたいStoryとTheoryの引用を持ってくるように、という指示があり、
どんなものを持っていけばいいのか、検討もつかず、
ダメそうだったら、スキップしよう……と思っていたのですが、
アダムスのワークショップのあと、元気のいいおばちゃまが、
「次はわたしよ! みんな、出て行かないでね!」なんて言っていたので、
休み時間に声をかけ、興味があるので、参加したいんですが、テキストを持ってきていなくて……
と聞いてみたところ、最後まで言い終わらないうちに、
「いいわよ! あげるから!」
と言われました。

始まってみると、がっつり分厚いレジュメと資料が配布され、
正直ここまでハイスピードの英語のディスカッションについていけてなかったので助かりました。 

ファシリテーターであるStacy(この人は昨年発売されたHandbook of Autoethnographyの編集者でもあります)がいうところによると、

オートエスノグラフィーをMAの学生に指導する過程でよく聞かれるのは、
ストーリーはできました。でも、そこに理論をどのように「加えて」いったらいいのかわからなくて……、というもの。

しかし、オートエスノグラフィーにおいて、理論はストーリーに「加える」ものではないの。
理論とストーリーは相補的(reciprocal)なもので、そういうものとして書かれるべきものなのです。 

ということでした。

きっと、このへんはハンドブックにもっと詳しく書いてあるのだろうと思います。
(ここでハンドブックを買ってサインしてもらうこともできたんですが、なにせ大きくて!
持って帰るのはちょっと無理かな……と思って、あきらめました……。帰国してから手に入れようと思いますが、読みきれるか心配になる厚さ。) 

そこから、参加者は半分に分かれ、一方はストーリーを、一方は配布された(または持参した)理論書の中から単語や文を抜き出して、ポエティックに再構築せよ、と言われました。

ここにおいても、Stacyは、

ここでは深く考える必要はないの。 気に入った言葉をそのままタイプすればいいのよ。
書く以前の問題よ。自分がひっかかった言葉を扱えるようにすることが大切なの。

と言っていて、割と抵抗なく向き合うことができました。
参照されている理論書も、ジュディス・バトラーなんかが出てきていて、あ、こういうことか……と思えました。納得。

そして、ストーリーと理論書からできた詩を交互に音読し、ワークショップは終了。

あとから配布された資料を読んでみると、そこからどんどん推敲を重ねていくわけですが、

「自分がいいと思うところをあつめ、扱えるようにする。
そこから自分が何を考えているのか、感じているのか、何を描き出そうとしているのかを探っていく」

という手順が書かれていて、
それはわたしが修士論文を書いていた時にやってみたことに近かったので、
自分が間違っていなかったんだ、と思うことができました。 

 

ディナー休憩があり、夜はキーノート。
ごめんなさい、よくわかんなかったです。

二日目報告は次回!